一等車・元一等車
マロ39 1
昭和6年及び8年に誕生した供奉車300号・301号を外国人観光客用一等車と
して、大井工場にて昭和31年スイ38
1・2として誕生した。その後冷房化されマイ
38 1・2となり昭和35年7月の改番によりマロ39
1・2となった。晩年は増結用と
して青大将色となり「はと」「つばめ」等で活躍していたが、昭和37年廃車された。
マロ39 1
昭和36年1月久里浜。
マロ39 1
昭和36年1月久里浜。
マロ39 1
昭和36年1月久里浜。
マイ38 2の車内
昭和35年5月東京駅。
マロフ97 1
二宮での追突事故により大破し休車していたオハフ33 49を、昭和25年4月大
井工場で特別職用車スヤ51 1として誕生した。その後スヤ46
1→スイ46 1→
マイフ97 1を経て、昭和35年7月の改番によりマロフ97
1となり昭和38年2月
廃車となった。密閉式の展望窓を持っており、前位側から展望室兼会議室・洋式
トイレ・寝台・調理室・和式トイレとなっていた。台車は度々変更されているが昭
和33年にARC(エカフェ)に参加する外国賓客の乗車に際し空気バネのTR57に
履き替えた。
マロフ97 1
昭和36年1月横須賀駅。
マロフ97 1
昭和36年1月横須賀駅。
TR57(マロフ97 1)
昭和36年1月横須賀駅。
スイ99 1
昭和23年9月C.T.Sの要請によりマハ47
172(スシ37 12の戦時三等車改
造車)を大宮工場で改造しスイネ39 1として誕生した。種車の室内を完全に撤
去し中央に会議室を設け、区分寝室・調理室・トイレ・物置・乗務員室としホテル
代わりに視察旅行が出来る設備を整えた。屋根上にはラジオ受信機用アンテナ
も付けられ会議室内でラジオが聞けるようにされている。また調理室には大型
の料理用暖炉と冷蔵庫が付いた本格的な設備である。以降スヤ39 1→スイ48
1を経て昭和28年6月スイ99 1となり、昭和35年3月に廃車となった。
スイ99 1
昭和34年11月尾久。
スイ99 1
昭和35年5月大宮工場。
スイ99 1
昭和35年5月大宮工場。
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